Surrounded By Football -サッカーライターが考える-

自分は、サッカーを中心にスポーツ全般を扱う場所に軸足を置きつつ、書くこと以外にもさまざまな仕事をしています。スポーツに囲まれて毎日を送る事ができて幸せです。ここでは、サッカーのことも書きますが、それ以外の話題も。アウトプットの場として用意したものです。シェアして頂けましたら喜びますので、よろしくお願いします。

電子書籍は”量”ではなく”質”

割と前の話。TLを見てみると、koboが青空文庫で登録冊数を増やしているだけではなく、楽譜を1曲1冊としたりWikipediaの人物項目1人で1冊としたり、迷走しているというのが目に入った。それもこれも、

「毎日、1000点くらい増えていて、7月末までには合計3万点弱、8月末で6万点までいく予定です。その時点で、たぶん国内最大になる。その後は『年内に約20万点』というのがひとつの目標になってきますね」

 

っていう三木谷さんの発言が引き金なんじゃないかと。 トップの発言、設定した目標に対して今のペースじゃ確実に間に合わないから、前述したような行為に踏み切ったんでしょうね。これには非難轟々。少なくとも、twitterで「楽天 kobo」って検索したらネガティブな発言しか出てこない。 そもそもこの行為に疑問を感じている社員はいないのか?いや、いるのだろうけど。上からの必死な要求に実働する社員が反論する余地もない状況が想像できる。

 

[これはひどい]koboストアがwikipedeiaの人名ページを1人1冊、全部で342冊として登録-ゴールデンタイムズ  

楽天koboタイトル数水増しのようなKPI設定ミスは世間に山ほどある

 

そもそもwikipediaの記事をkobo、ひいては電子書籍で見ることで得られるメリットって何だろう。楽譜にしろそう。譜面にkobo載せて演奏の練習をする姿は全く想像できない。もう、本末転倒でしょう。普段持ち歩く書籍をデータにして軽量化、1つのハードで複数の作品を見られるようにすることに電子書籍の意味がある(といち消費者の大多数は思っていると僕は思う)ので、Wikipediaにしろ楽譜にしろ"持ち歩く"という点ではそぐわないんじゃないかな。何歩か譲ってWikipediaはありかもしれないが、そもそもスマホで見れるし、E-inkで目には優しいかもしれないが、そもそもそこで見るものではない気がしてる(明確には説明できないが同じ感情を抱いている人が多いはず。はず。)。

と、そんなことを思ってここまで下書き保存にしていたら、wikipediaの記事が消えてたらしい。

以下を参考に。

 

koboのストアからwikipedia作品消える

 

まあ正直koboなんかはどうでもよい。wikipediaなり楽譜なりを1冊とカウントして登録冊数を増やして頂いても構わない。とりあえず、こういった愚行を続け行く限り一つ言えることはユーザーは呆れるだけということ。そして楽天の評価が落ちるだけではないでしょうか。"ユーザーが求めていることの追求"よりも"自らの設定した目的の達成"のプライオリティを上げてしまったんだもの。

 

前フリが長かったけど、結局は電子書籍に言及したいんです。個人的には、電子書籍にはそこまで提供する側が量を求めなくてもいいのでは、と思う。今回の楽天のように。

電子書籍のメリットとはなんだろう。データ化により絶版がなくなるとか、紙の使用量が減って環境に優しくなるとか、フォーマットの統一によって誰でも容易に作品を公開することができるとかたくさんあると思うのですが、いち読書家にとってのメリットは

 

一つのハードに多くの情報(作品)を入れられることによって移動時の荷物の負担が減ること

 

書籍の保存に場所を取らなくなること

 

この2つくらいな気がします。先に行った通り、他にも色々あると思いますが。一読者の視点で考えたら、この程度でしょう。多くの人が本を読むときって移動時や待ち時間の暇つぶしが殆どだと思うんです。

そして、メリットがこの程度という前提で考えると、普及には時間がかかるだろうし、すぐさま浸透するとは到底思えない。というのも、まず思うのは、日本の文庫本は持ち運び易いということ。1日で2冊、3冊とか読める人などごく僅かであり、1冊持てばその日1日の"暇つぶし"には最適でしょう。これを1冊持ち運ぶと考えたときに、そこまで負担になるとは思えない。文庫本に関して言えば、ブックオフに行けば1冊100〜400円で好みの書籍は手に入るし、仮に電子書籍リーダーが約10000円だとすると、それにかける資金で25〜100冊は買えることが出来る。ただ100冊買ったとして。次に"置き場所"という問題が生じるかもしれない。

でも、本を買う理由として内容を楽しみたいということだけではなく、コレクション欲を満たしたいという側面もあると思うんですよね。CDなんかも、いい例。

 

好きなアーティストのCDや好きな作家の本を手元に置くということは、そのアーティストとその作品を所持する自分を心理的に繋げる役割があると思っています。

 

電子書籍リーダーやHDDに書籍のデータをストックするとなると、やはりこの"コレクション欲"は満たされないと思います。そして、本を買う人って少なからずそういった"自分のもとに置いておきたい"みたいな欲求があるんじゃないかとも思うんです。なので、

 

”別に本一冊くらいなら持ち運びに不便しないし、やっぱり本は手元に置きたいもの”

 

多くの読書家はそういう思いを持っていると僕は思うので、まだまだ電子書籍リーダーは普及しないと思います。これが大枠の結論。 

 

と、、、ここまで「紙の本のほうがいいんだぞ!」という意見を貫徹してきましたが、もちろん上に書いたことだけを思っている訳ではありません。

新刊のハードカバーの単行本などをひたすら読むような人からすれば電子書籍のほうが手軽だし、データとしての作品の値段によっては十分、元が取れる。荷物を普段からたくさん持ち歩き、少しでも省スペースをしたい人からすれば電子書籍リーダーの手軽さは魅力的。だと思います。洋書なんかも微妙なサイズなので、これを読む人にはいいツールかもしれませんね。

 

でも、改めて言いますけど僕が思うのは、多くの人は別に現状にそこまで不満を持っていないし、何よりも本を持ち運ぶことに慣れている ということ

 

ネットでDLできるPDFファイルにされている重厚な論文とか辞書、百科事典などにアクセスする機会が頻繁にある学者や大学教授の方、それと上記のような(ハードカバーうんぬんのところで触れた)人々にとっては電子書籍は画期的です。でもそういう人はまだまだマイノリティですよね。

ちょっと前の楽天のkoboのところで「量は求められていない」と言いましたが、

 

ここまで述べてきた電子書籍のメリットを考えると、アカデミックな人たちに向けて論文や辞典などの分野での電子化を図ることのほうが、重要でしょう?だから、電子化は量ではなく質が重要じゃないですか

 

そういうことでした。

もちろん全くコレが正しいと思っていいないですし、自分の気づいていない面もまだまだあるので、色々言及してくださると嬉しいです。

 

では今日は、こんなところです。

 

 

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